不便益システム研究所

不便益を考える!

日々の不便益

音の不便益

小野測器の石田康二様から、音に関する不便益の事例を教えてもらいました。石田様に了承いただきましたので、転載します。
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不便の益を考えるとき、少し広く構えると、
・「安全」に対する「不安」の益(不安であるが故に対処ができる)
・「機能的価値」に対する「非機能(感性)的な価値」
・「部分性能向上」と「性能維持による全体バランスの確保」
・「人工的な音情報の付加」に対する「場に元々ある音情報の意味」
・「システム化すること」に対する「人の利他行為に頼ること」
 など対立的に捉えられる要素があります。

また、便益を得るまでに生じる負荷が、期待する便益の程度(個人差)に左右される
(以下の例では近所のスーパーの建設工事騒音)ケースなど、経験資産、嗜好など
個人の意味的価値が強く左右する場合もあります。

今回、不便⇔便利の対立軸だけでなく、上記の広い意味での対立的価値の事例を含んだ事例を列挙します。
   
・建物遮音性能の向上(部分性能向上によるバランス劣化)
集合住宅やホテルでは,外部の騒音は高遮音仕様により遮断され,外の気配さえも届かず,静か過ぎる建物内の発生した微かな音が問題となるケースも珍しくない。従来に比べて人と機械や,住環境の中での人と外部環境とのインタラクションの希薄化が,新たな問題を生んでいる。便利とは異なるが高機能、高性能が逆効果になる一例。

・建設工事騒音(個人の意味的価値)
近くにスーパーできると便利でいいなと思ってる人にとってのスーパーの建設工事騒音は、不便でも静謐な生活がしたいと思っている人にとってのそれとは全く意味が違う。騒音レベルが何dBだから我慢できる、できないではなく、人にとっての音の意味が我慢できるうるささがどうかを決める。

・災害時の緊急の音声伝達(安全を確保するための情報提供)
災害時の音声放送は、確実にその情報が必要とする人々に届けられることが重要。しかし、災害時など、緊急事態の場合、人は、提供された情報も含めイマココで知覚するフロー情報に合わせて、ストック的な経験・学習情報を瞬時に参照して、取るべき行動を判断する。記憶と知覚された情報の混乱で不適切な判断を導くことがある。この災害情報がもたらす逆説的な効果「リスク・コミュニケーションのパラドックス」も、これまでの災害時に見られたこと。これまでの研究は、音声情報の明瞭度(伝達特性)の改善に注目したものが多い。フロー情報の提供の方法には、研究課題が残る。

・微かな音のデザイン(感性価値)
デンマークの視覚障害者施設。視覚障害者の建物内でのロケーションの確認のため、廊下が交差(直交)する位置の天井高を高くして、靴音の残響音が少し長く響くように設計。また、床材を交差する場所で変えているため、靴音の響きが微かに異なる。一見、分かりにくい不便さを伴うが、慣れによって、心地よい空間として認知されている。誘導ブロックのような直接的で、分かり易いデザインではなく、視覚障害者の感性や、聴覚の高い分解能力に頼るデザイン。

・微かな音のデザイン(感性価値)
コペンハーゲン駅では、深さ1mmぐらいの床面のレリーフが、白杖を持つ視覚障害者を誘導する。上記同様、誘導ブロックのような直接的で分かりやすさを求めたものではなく、さりげなく、一見わかりにくい(不便)、でも学習で獲得する人のセンシング能力を育む場を都市空間にデザインしている。

・鉄道駅音バリアーフリー音声(人の利他行為に頼ること)
標準的に設備されるトイレやエスカレータの場所を特定するエンドレス音声。周りにいる人のサポートがないことをデフォルトとしてデザインされたもの。音声情報などのシステムがあることで、健常者は、白杖をもっている人と心理的距離を持つ。むしろ、人のサポートをデフォルトにする支援を受けるのもするのも当たり前の状況をつくった方が良いのでは。

・鉄道駅音バリアーフリー音声(場にある音の意味)
鉄道駅の階段の位置を「鳥のさえずり音」で伝える音サインがある。しかし、視覚障害者は,環境側に元々埋め込まれた聴覚的情報を読取る能力は非常に優れており、階段の場所は靴音の変化でで十分その位置を検知できるという。 むしろ音の足し算によって、環境側に人工的な情報伝達機能を設けることが、場の音環境を複雑なものにして、雑踏感を煽ることになる。

・観光地の注意喚起音声放送(安全の対処をしたというエクスキューズ)
東大寺二月堂のお水取り、境内下でお松明を待つ間、 奈良県警のスリや置き引きに注意のアナウンスがエンドレスで流れる。しかも、ラッパスピーカーがあらわになっていて景観にそぐわない。何も音がない予兆的な時間が絶対に必要な状況で、視覚的に聴覚的にも場の文脈を考えればあり得ないこと。
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無駄でないムダ(スマーターワールド)

計測自動制御学会のスマーターワールド調査研究会(通称)で、スマートな社会について議論されています。スマートグリッドやスマートシティーなどスマートという言葉が溢れてますが、これと不便益との関係を考えてみました。
スマートという形容詞からイメージされるのは、無駄なく利口に小粋なやり口。職人がすしを握る所作とか、茶道のお点前とかが思い浮かびます(個人的には、帛紗を一瞬でスイーと畳むしぐさ)。所作がスマートじゃないなって思うのは、無駄な動きが含まれていたり、他に便利なやり方があるのにーと思うとき。
スマートかスマートじゃないかの境界線の近くに、別の境界線があると思いませんか?京都東山の帆布店の職人が「無駄は省かなあかんが、手間は省きとうない」と言う時の無駄と手間の境界。無駄なことをさせられる時も、手間がかかることも、両方とも「不便」と言ってしまいますが、実は別物。
「スマート」と「本当にムダ」との間に「無駄でないムダ」とでも言うべき領域があって、そこは、帆布職人が希求し、泥臭いという言葉が肯定的に使われ、手間をかけさせてくれて、人を育て、不便益が溢れている所だと思うのです。

素数ものさし

「素数ものさし」を京都大学の生協で京大グッズとして2013年3月に売り出してもらってから、そろそろ一年が経ちます。沢山の人にお買い上げいただき、ありがとうございます(一本10円でもいいから当研究所にお金が入るようにしておけば良かった)。製造元はこんなに売れるとは予想していなかったようで、目盛は手作業で焼印。謀らずも、京都+竹細工+焼印というコンビになってます。
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「素数にしか目盛のないものさし」。当研究所が面白グッズ開発を生業にしている所だとの勘違いを生んでしまったことを差し引いても、「不便に益なんか、あるんかい!」という問いに「たとえば、これなんか」と即答できるようになったのは、当研究所としてはとても嬉しい。今までは、人が作ったモノを引合いに説明するしかないのに少し気が引けてたのですが、自分の所で作ったもので説明できるのですから。

当研究所が、2012京都大学サマーデザインスクールでクラスの一つを担当し、そこでクラスの皆さんから出たアイデアを、京大生協に持ち込んで商品化してもらったのです。因に、素数ものさしの発想をサポートした発想支援法をツール化したのが、前に紹介した「不便益カード」ですよ。

素数ものさしは、小学校の算数の授業でも使ってもらってます。こんど、このコラムで紹介します。

不便益カード

今日、某大学の野球部キャプテンが「キリキリに効率をつきつめた練習メニューでは部員がついて来なかったのに、ちょっと工夫をしてみたら上手くいった。僕の思いついた工夫って、これと同じですよ!」と言って指差したカード。「素数ものさし」のアイデアが出たワークショップではまだカード形式にしてはなかったんですが、考えるヒントとしても語っていた内容です。

黄色が「益の得やすい不便12種」、緑が「その不便から得られる益8種」。100を越える事例からここまで一般化してくれた内藤君、ありがとう。それを精査して、カードというフィジカルインタフェースを思いつき、ピクトグラムにしてノンバーバルにして、名刺カードに「等倍印刷」すればOKなPDFにしてくれた長谷部君、ありがとう!

益の得やすい不便12種

不便から得られる益8種

ニュースアンカー

2012年6月21日の関西テレビ「ニュースアンカー」で、不便益が紹介されました。