不便益システム研究所

不便益を考える!

日々の不便益

Archive for 2009年6月

不便益的な現金の代替手段
計画的に使わなければならないカード
チャージできる機会を制限し、残高を表示しない → 家計簿をつける習慣ができる
レジを通すときに自分で設定した音楽を既定の手段で演奏するカード
長く複雑なフレーズをうまく演奏できるほどポイントが多くもらえ、特典と交換できる
演奏に習熟する必要があるが、他の人の演奏による楽しみなどがある?
パズルのような硬貨(絵柄が合えば値段が上がる)
かさばる、分類しにくい、(作りづらい)
家計をつけるのを助けるカード(パソコンにつなげば家計簿をつけてくれる)
精算時に種類を分ける(食費、交際費・・)必要がある
使う前にATMのようなものに手続きをする必要があるカード
手間がかかる → 使いすぎないようになる
うるさいATM(使うときにお金の用途をいちいち聞いてくる)
計画的に使うようになる?
原価と小売価格がわかるカード
認知リソース必要 → 経済の仕組みがわかる(店に打撃)
値打ちが上がるにつれ大きく重くなるお金
かさばる、重い → お金を得た実感が大きい、あまり使いすぎない、大金を盗まれにくい
昔のお金にならないように(小判、石のお金など)
頻繁にデザインが変わるお金(以前のものも普通に使える)
面白いが、以前のデザインを忘れて偽札ではないかと不安になる
手触りでわかるお金
不便さはあるか?(ただ付け加えるだけにならないか?)
マイナス利子のお金・地域通貨(持っていると価値が下がり続ける)
お金がよく流動するようになる
価値が変わらない他の貨幣と同時に使う
補聴器

ヘッドフォン型補聴器。
かさばって不便だけど、マイク・スピーカー間の距離がとれ
ハウリングキャンセラも簡便に。

クレジットカードの便利

クレジットカードの嬉しいところは、身分保障になる、ポイントなどの特典がつく。
キャッシュに対してカードの「便利」なところは、両替や送金(外国、ネットショップ)にかかる手間も手数料も少ない。
物理性が低いこと(かさばらない、劣化しない、他人の手あかが気にならない)。
メンタルロードが低いこと(オツリの計算不要、ポケットの残金の計算不要、口座の残金の計算不要(後払いだし)、紛失しても財産そのものが減るわけではない、悪用されても保証がつく場合あり、偽札であり得ない)。

キャッシュの嬉しいところは、記念硬貨、発行国によって異なるデザイン(蒐集してみたくなったりする)。
カードに対してキャッシュの「便利」なところは、物理性が高いこと。使いすぎない、所持金の実感、使って減った実感、交換してる実感、ワリカンしやすい、紛失しても減る財産は紛失分だけ、遊べる(コイントス・ピラミッド・コマ)。
メンタルを刺激する(暗算力がつく、小銭をちょっきり使いきると嬉しい、残金が少ないことのドキドキ感、紛失するかも、使ったら負けな気がする、もらったら嬉しい)。

綺麗に汚れる不便の益

不便→手間がかかる→人とモノとのインタラクションが多い→汚れる。
汚れること自体も不便な事(掃除・洗浄の手間がかかる)。

でも、左利きの私のコップだけ、他のコップと違って取っ手から時計回りにちょっと行ったところにシミが付くのは personal で well-worn。stone-wash してないジーパンを大事にはいて出来た模様も。

綺麗に汚れる?

「綺麗に汚れる」ことも不便益の一つかなと、話しをしていたことがありますが、ノーマンがエモーショナルデザイン (2004, 新曜社) で言うところのpersonalization と共通項がたくさんありました。それと、英文添削に出したら「いわゆる well-worned appeal とどう違うの?」と突っ込まれてしまいました。

  1. 綺麗に汚れる
  2. personalization
  3. well-warned appeal

紙の辞書の手あかは 1, 2, 3 全て、付箋は 3 とは違いそう、手に馴染むような柔らかさは appeal ではないから 1, 2。古民家の玄関板が、何世代もおかみさんが毎日雑巾がけをしなければ出ない黒光りを発してるのは 1, 3。
それぞれ重なりはあるが全く同じ事を言っているわけでは無いようです。

古くて豊か、便利で貧しい

「古くて豊かなイギリスの家、便利で貧しい日本の家」井形慶子、新潮文庫、2004(大和書房、2000)。
「古い」と「便利」を対比的に使っているのが気になりますが、シンプルでキャッチーな書名を付けるためにはしかたなかったのでしょう。

完全分業制が悪い?

近所の小川をきれいなままにキープして気の向く時に泳ぐことと、小川を汚してまでプールを建設し、それで得た労働賃金でプールの入場料を払うこと、水浴びするなら同じことなのにお金を回すためには後者が良い。GDPを上げる事にやっきになってる社会では後者が良いのだろうが、GDPという尺度だけを見るのは、おかしい気がする。

お金を回すだけなら、国家規模ではなくて小さなコミュニティ規模の方が良くないか?顔が見えない消費者のための生産より、繋がりのある人のための生産の方がうれしい。生産の意味もすんなり入ってくる。エコカーを作ることの意味は、近所の人がエコを免罪符にして歩ける距離でも電車を使った方がエコな距離でも、車を乗り回しているのを目のあたりにした方が、わかりやすい。

お金を回さないで良いなら、自給自足・物々交換・地域通貨などの手がある。ただ、物々交換をしようと大量にできた畑のナスビを市場に持って行くと、他の家の畑にも大量にできていて、価値がない。自分だけに作れる物があれば有利。分業制への圧がやはり発生する。

内藤モデル

内藤正明氏(琵琶湖環境科学研究センター長)のモデルからの出題。
技術力軸 x とそれに独立な軸 y で張られる平面上、x>0, y>0, x^2+y^2<1 とする。現在の日本が (0.8, 0.2)、発展途上国が (0.2, 0,8) に位置する。x+y=1 かつ x^2+y^2 を最大化する点を環境共生社会と呼ぶ。

  • 日本が y の値を維持したまま x^2+y^2 を最大化する余地はいくらか?
  • 日本が環境共生社会へ移る移動量はいくらか?
  • y軸の意味は何か?
土着性

三浦勝衛(~S12)が「風土産業」という言葉を残しています。そこでは、土着性、地域的不均一性が議論されているとか。取り寄せてみたい。