不便益システム研究所

不便益を知る!

不便益読み物バックナンバー

Archive for the ‘不便益読み物’ Category

不便益百景 2017 new!

不便益百景を作ってみました。
http://fuben-eki.jp:5002
不便益システム研究所のトップページの一番下「掲示板」にもリンクを張りました。
http://fuben-eki.jp

1. 不便益百景は、「これって不便益では?」と思える事例が100個ほど並んでいます。
これを見ながら、「ふむふむ、私が考えてるのと近いなー」とか「これ違うんちゃう」とか考えます。
2. 百景には並んでないけれども「これって、不便益では?」と新しく見つけた、または考え出したアイデアがあれば、書き込んでください。皆でシェアしましょう。
3. 新しい不便益システムを考え出すお助けツールもあります。ちょっと使ってみると、面白いアイデアを思いつくかも、です。

生命科学者

生命科学者の中村桂子先生の著書に、以下の文章があることを人づてに教えてもらいました。

中村桂子著「科学者が人間であること」p35(岩波新書)から引用
便利さとは速くできること、手が抜けること、思い通りになること。
次々と開発された危機はさらなる便利さをもたらし、それらの製品を生産する産業が活発化することで経済成長、つまりお金の豊かさが手に入りました。私たちはこのような変化を進歩と呼び、そのような社会を近代化した文明社会、つまり先進国の象徴として評価し、この方向で拡大を求めたのです。
しかし、「人間は生き物であり、自然の中にある」という切り口で見たとき、この方向には大きな問題があり、見直さなければなりません。なぜなら、それが前節で述べた生きものとしての特徴に合わないところが多いからです。
速くできる、手が抜ける、思い通りにできる。日常生活ではとてもありがたいことですが、困ったことに、これはいずれも生きものには合いません。生きるということは時間を紡ぐことであり、時間を飛ばすことはまったく無意味、むしろ生きることの否定になるからです。
同じように「手が抜ける」も気になります。手塩にかけるという言葉があるように、生きものに向き合うときは、それをよく見つめ相手の思いを汲みとり、求めていると思うことをやってあげられるときにこそ喜びを感じます。

科学を究めた人は、このように思うのでしょうか。当研究室のメンバの多くが師と仰ぎ、「不便益」という言葉を作った京都大学名誉教授片井修先生の考えと、とても近いように感じます。片井先生も、ソフトコンピューティングやシステム科学の専門家です。
片井流純粋不便益を少し日和らせて、不便益をシステムデザインの指針にしようと試みている当研究所の活動は、中村先生にはどう見えるのかが気になります。中村先生の言葉を借りて格好良く言えば「自然の中にある生物としての人間」のための道具や仕組みを考える活動、でしょうか。

不便益と民芸

雑誌「日本の民芸」の2014年2月号で、不便益と民芸の関係を西堀寛厚氏が論じていらっしゃいます。すごく理解していただき、さすが!! という論調です。著者と出版元からの許可をいただいたので、PDFをアップしました。

不便益事例のポスター

不便(手間がかかったり,認知リソースを割いたり)だからこそ得られるものは何か,色々あるのですが,特に4つを選んでその代表的なシチュエーションをポスターにしました(北海道教育大学岩見沢校卒業制作展2013)。Facebookに掲載していたものを転載します。全て jpeg 形式の画像ファイルです 。

(#1, 126KB)

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(#2, 110KB)

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(#3, 104KB)

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(#4, 110KB)

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ヒューマンインタフェースシンポ2012

9/5 一般発表 1412L COLUMN: 個人間での協調を引き出す「もどかしさ」について(豊橋技術科学大学)
COLUMNと呼ばれる球体は,x, y, z 軸それぞれの方向に独立してパカっと伸びる,見たこともない機械である。その三軸それぞれの操作を任された三人が協調してCOLUMNを転がすのだが,なかなか思い通りに行かないので「もどかしい」。この「もどかしさ」が三人の協調を引き出す鍵となる議論が展開されている。特に(予稿には記載されていないが)三人が任されてる軸の認識に便利なように,COLUMNにLEDで色をつけたところ,短期的にはパフォーマンスを上げるが,協調という一番大切にしたい所には大きなお世話になっている事態が報告された。不便益にはストライクど真ん中。

9/5 対話発表 1560P 野崎君,不便益の発表でベストプレゼンテーション賞受賞!!

9/6 一般発表 2331L 議論をするための読みにおける紙とタブレット端末の比較(富士ゼロックス)
議論をするための資料提示であること,iPadやPCに提示されているのはPDFであり電子的であることをあまり活用できないこと,という縛りはあるものの,実験的に示されている比較項目の全てで,一般に不便であると言われる紙媒体の方が優位であるのは興味深い。

ヒューマンインタフェースシンポ2012(講習会)

9/4-7のヒューマンインタフェースシンポジウム2012に参加して来ました。

・講習会コース1「インタラクションデザイン」
コース1のオーガナイザ富松先生の言,物理的に正しいことを超え,解釈を揺さぶり,多様な解釈を与え,快適さを超えてやる気やモチベーションにつながる。抽象画家ではなく元プロダクトデザイナーの言葉である。この講習会コース1は期待できそう。コース3の「評価軸は果たして便利だけで良いのか」,「モチベーション維持のノウハウ」にも心惹かれるが,コース1を受講してみた。
[藤木淳先生]ゲーム無限回廊の発案者。違和感を適切にデザインに組み込む。不便益の説明に近頃は「分かりやすいという便利の逆にある益」としてウォーリーを探せを引き合いに出すことが多いが,藤木先生の「動くウォーリーを探せ」には我が意を得たり。
[馬場哲晃先生]FreqtricでしばしばTVで紹介されている。不便益を実装するコツの一つに「物理量の連続性を援用すべし」というのがあるが,馬場先生の「五線譜に手書きで音符入力・五線譜をなぞる演奏」は,画面上をマウスで入力する便利な方式では得られないものがある。なぞる時の手の震えは忌避されるものではなく,演奏に即興性と個性を与える。
[江振維先生]金魚が勝手に泳いでいる軌跡を入力とするピタゴラスイッチ,タンジブルな「鉛筆で描いた線」から変換される楽曲。便利・不便とは直接関係しないように見えるが,因果律より偶然の効用を積極的に評価したいという根本で,不便益とつながる。

不便な文献探し

認知症補助犬を構想されている千葉労災病院の安田清さんからのメール、ご本人の承諾をもらって転載します。
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以下は蛇足ですが、不便益の話で思いだしました。今から20年ほど前までは、文献を探すのに電車で2時間ぐらかけて、図書館に探しに行きました。非常に不便でしたが、帰りにうまいラーメンなどを食べてこれて、わりと楽しかったです。
 その後、ネットなどで文献がたやすく入手できるようになり、これで論文が素早く書けると喜びました。ところが、他の研究者も条件は同じですから、結局、関連文献の量が増えて、余計に読まなくてはならなくなった印象です。また、情報が増えても人間が処理できる量は決まっている?わけですから、返って偏りがひどくなるようにも思います。
新しい便利なものができると、かならず失うものもあるはずなので、それらを予測するのも不便益学(?)の一つの役割なのかなと、勝手に推測しました。

不便益と認知症

千葉労災病院の安田清さんとお話する機会があった.認知症補助犬を構想されているらしい(http://hojoken.grupo.jp/).ITC機器を使った支援も試みられているが,意欲低下を伴う認知症では,プッシュ型の情報伝達が機能しない場合がある.
犬を飼う時の,餌をやる・散歩に連れてゆく・排泄の世話をする・吠えて困るなどの不便は,飼い主の生き甲斐にもなり,アニマルセラピーにもつながる.
不便であることが益をえる本質である好例だと思う.

不便益私論:試論

不便益の試論:私論を載せているブログがあった。ありがたい。
http://otsubo.info/blog/2012/07/ と http://otsubo.info/blog/2012/07/
私論1、2、3とも、納得。うれしいね。

自転車の不便:練習しないと乗れない不安定さ。
「不安定」だからこそ得られる益:俊敏さ、柔軟さ、効率性(エネルギー的に徒歩の 1/5)。
楽器の不便:相当の熟練が必要。つまり初心者に敷居が高い。
益:自由な操作、表現。
エディタ vi の不便:常に自分がどのモードにいるか意識しないとダメ。
益:テキスト編集速度。

いずれの例にも当てはまるのは、
– それを解消しても副作用が殆んどない不便は、進化過程で解消され
– それを解消すると副作用で本質的なメリットを損なう不便は、解消されない
という二種類の不便があること。

ごんざれふさんと不便益研究所とで見解が異なる所をアラ探しすれば、以下の二点。
便利–不便という(客観視し易い)軸の上に「益」が乗っている。俊敏/柔軟/自由/速度/は、普通に便利と呼ばれる(エネルギー効率は違うかも知れないけど)。「便利Aを得るには便利Bをあきらめなさいってことですか」との問いにハイと答えると、それは「不便の益って便利の一種」になってしまう。研究所は、便利–不便軸と独立な軸(属人的益の軸)を持ち込んで先の問いにイイエと答えようとしてるんだけど、工学的取り扱いが難しくて……
二点目、不便(手間がかかる、認知リソースが割かれるという意味で)ならではの益ではなくて良いのだろうか。練習せずに自転車と同じ俊敏で柔軟で効率的な乗り物が発明されれば、そちらが良いのだろうか。だれでも簡単に同じように自由な操作や表現ができる楽器が発明されたら、そちらが良いのだろうか。それなら「不便の益」ではなく、現状では「しかたなく不便に妥協している」だけのように聞こえる。

期待学

2012june20に,期待学研究会に招待された。その時のお話。
ノーマンが「人間中心設計は害悪だ」を発表したのは,その前に出版した本に世間が過剰反応したから。その本を調べておいた方がよい。ITSの分野では,自動車をどこまで自動化すべきかの議論がHOT。是非不便益の視点から,自動化と手動化の線引きを提案して欲しい。
高齢者支援も,議論の対象に好適。あえてバリアを導入した特老ホームが成功した例もある。寝たきりラベルを付けられ,自分で出来ることが千差万別なのに同じメニュー(流動食など)にするのは,介護の手間を省くため。一人一人に合うメニューにしたら歩けるようになった事例が多い(中川先生の実証)。
バリアフリーで日常を過ごし,リハビリのための設備と時間を別に取っている現状は,オートクルーズで業務をこなし,陸に上がってからシミュレータで練習をするパイロットの状況に通じる。
あえてバリアを導入して特老ホームと,あえて園庭を凸凹にして園児が活き活きとした幼稚園がある。
ガスコンロとIHも,議論の対象として好適ではないか。火が見えることは大切。生まれたときからIHしか知らずに,加熱と物理現象が artificial indigater に媒介されるものしか知らずに育つことは,教育の問題もからむ。
不便益は,マニア向けではないかな。ガスコンロは,時と場合によって白物であり,玄人の道具であるのが理想。だが,現実的にはコストが掛かりすぎる。
ガスコンロを,ブレストのお題にしてみよう。
不便益は,自分でプロセスを楽しめる人向けではないか。そう言い切ってしまえば,将棋や囲碁の3手詰め,5手詰め,,,, と,どこまでプロセスを楽しめる人かの指標を「詰め数」で定量 化するのは,面白そう。