不便益システム研究所

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2011年度レポート解答例(その2)

解答例2

ユーザのことを考えた設計として思い浮かぶのは、「ユーザビリティ」という言葉である。ユーザビリティは、ISO(国際標準化機構)では「特定の利用状況において、特定のユーザによって、ある製品が、指定された目標を達成するために用いられる際の、有効さ、効率、ユーザの満足度の度合い」とされる。ここで、
有効さ(effectiveness):ユーザが指定された目標を達成する上での正確さ、完全性。
効率 (efficiency):ユーザが目標を達成する際に、正確さと完全性に費やした資源。
満足度 (satisfaction):製品を使用する際の、不快感のなさ、および肯定的な態度。
であり、この定義においては、人間を系に含める、すなわちある平均的なユーザを想定して「最適化・効率化」を行うことがユーザビリティを高めることにつながるといえる。ユーザを平均化することで「使い勝手」を定量化することができるように思われる。

一方、ニールセンは、インタフェースのユーザビリティは「学習しやすさ・効率性・記憶しやすさ・エラー・主観的満足度」の5つのユーザビリティ特性からなる多角的な構成要素を持つとしており、それぞれ
学習しやすさ: システムは、ユーザがそれを使ってすぐ作業を始められるよう、簡単に学習できるようにしなければならない。
効率性: システムは、一度ユーザがそれについて学習すれば、後は高い生産性を上げられるよう、効率的な使用を可能にすべきである。
記憶しやすさ: システムは、不定期利用のユーザがしばらく使わなくても、再び使うときに覚え直さないで使えるよう、覚えやすくしなければならない。
エラー: システムはエラー発生率を低くし、ユーザがシステム使用中にエラーを起こしにくく、もしエラーが発生しても簡単に回復できるようにしなければならない。また、致命的なエラーが起こってはいけない。
主観的満足度: システムは、ユーザが個人的に満足できるよう、また好きになるよう楽しく利用できるようにしなければならない。
と定義している。
この定義においても、初めの三つ、すなわち学習しやすさ・効率性・記憶しやすさはISOの定義と同様、平均的なユーザを想定する(もしくは多くのユーザの平均をとる)ことで定量化できそうである。しかし、残りの二つ、エラーと主観的満足度については対象とするシステムの使用環境、場面、ユーザによって毎回変化するため定量化できるものではない。また、この二つに関しては初めの3つの要素とトレードオフになる可能性が高いと思われる(エラー発生率を低くするためには効率性を低下させなければならない等)。この二つについてもう少し詳しく考察する。

エラーについては、設計者の想定しうる物に関しては最適解が求まる。ただ、ユーザがすべて設計者の想定通りに行動するとは限らず、またすべての使用環境を想定することは不可能である。エラーが起きにくくし、致命的なエラーが絶対に起きないようにするには、予期せぬ事態に対応するためシステムを冗長に作るほかない。
これは効率性を高めることとは相反する指針である。

主観的満足度についてはさらに評価が難しく、ユーザの個性や状況の違いを超えて「誰もが」同様に満足し、好きになるようなシステムを作ることはほぼ不可能でであろう。また、楽しく利用したいというユーザ状況においては、必ずしも効率性や学習しやすさ、記憶しやすさがシステムに求められるわけではない。

このように考えると、ニールセンによるこれら5つの構成要素はすべてを向上させる必要があるのではなく、ユーザの特徴や状況によって求められるものが変化するため、5つのバランスが重要になると考えられる。トレードオフの関係にあるものはとくに注意が必要である。
(たとえばGoogleでも、5つではないが、ユーザエクスペリエンスとして「便利、スピード、シンプル、魅力、革新性、ユニバーサル、収益性、美しさ、信頼性、人間味という10原則を兼ね備えた設計を目指し、 10原則の間の最適なバランスを追い求めて絶え間ない努力を続けています。この最適なバランスを実現したサービスこそが Google のサービスであり、世界中のユーザーに喜びと満足を感じてもらえるサービスなのです」と定義しており、どれかの要素に特化するのではなく適したバランスを求めることが必要と考えていることがわかる。)

トレードオフの状況に陥ってしまった場合、定量化しやすいものは効果が分かりやすいので追い求めがちであるが、ユーザに余裕があり効率性、学習しやすさ、記憶しやすさよりも楽しさや自己肯定感を得たいという場合(状況、精神状態)には、定量化した数値が低下しようとも、後者を重視する必要がある。この際、トレードオフの関係をもっと積極的に利用して、最適化、効率化という「便利」になるような方針を一部とりやめることで主観的な楽しさなどが生まれるのではないかと考える設計指針が「不便益」である。

ここまでユーザビリティの特徴をいくつかの要素に分けて考察してきたが、そもそもこの考察の仕方も要素還元論的であり、今回挙げなかった要素も存在するだろう。例えば「他人のためになる」ということをモチベーションにするようなシステムはないだろうか。募金やボランティアを行うように、自分は多少不便になっても周りの人が喜んでくれるならそのシステムを使ってもよいと思うのではないか。

ユーザビリティを定義し、定義したユーザビリティを向上させるという方針だけでは完全ではない。ただ一つ言えることは、人が使うものである以上、システムデザインにおいてあらかじめデザイナがすべてのユーザの使い方、また気持ちを予見することはできないということだ。この事実を認めた上で考えるならば、これは個人的な意見であるが、ユーザに一通りの方法しか与えないよりも、あらかじめ自由度を持たせ複数の方法で操作できるシステムの方が多くの人に受け入れられるのではないかと思う。また、このようなシステムはおのずと冗長性を持つことになり安全にも配慮された方法でもあるといえよう。