不便と相対する用語として、「使い勝手の良さ」に対する 近年の工学的取り組みが「ユーザビリティ」「人間中心設計」などの分野で展開されている。国際規格 ISO9241 の第11章ではユーザビリティを 「特定の利用状況において、特定のユーザによって、 ある製品が指定された目標を達成するために用いられる際の、 有効さ・効率・ユーザの満足度の度合い」と定義されている [黒須03]。
しかしこれらを単純にこれからのモノづくりの規範とすることはできない。
たとえばレンズ付きフィルムに対して一眼レフは、
[有効性] 有効に活用するために手間をかける必要があるが、
[効率性] それは効率を悪くする。
[満足度] ユーザの満足度合いは熟練度合いや使用目的によって異なる。
としか説明できない。両者の中間の機能や 構造を持つカメラを作っても、全てのユーザが満足するどころか逆に中途半端に陥ることは想像に難くない。
これに対して、不便益のシステム論は、不便益という視座から どのようなモノを作るべきか、いわば「 中途半端ではなく中庸である解」を示す指針を得ようとするものである。
およそシステム科学が対象とするものには、「最適化」や「自動化」など暗黙の内に「依って立つ方向性」がある。しかし不便益のシステム論は安易にこの方向に向かえない。もし仮に先の「有効さ・効率・ユーザの満足度」が定量化されその値を導出する関数が定義できたとしても、これを最適化すべき軸 (パラメータ) として採用するのは有効ではない。少なくとも先の カメラの例では。
[黒須03] 黒須正明 編著: 製品戦略におけるユーザビリティ,ユーザビリティテスティング, pp.225-231,共立出版 (2003)