不便な物事が我々に能動的な働きかけを促すのは、なにも使い方の工夫 だけではない。
便利への馴化
馴化は反応の省エネのために生物が獲得した不可欠な機能である [多賀02]。 かつて何でも手作りをしていた時代には、モノやコトの背後にある思いはあたりまえであり、逆に感じられなかった (馴化していた) 。
現在は空疎なモノやサービスが幅を効かせ、我々はそれに馴化している。 それならば逆に「思い」が強く感じられる時代ではないか。 脱馴化は内発的な動機付けを回復し、作業のパフォーマンスを向上させることが知られている [多賀02]。
あって当たり前なモノが無い時、たとえば海外出張で携帯が使えない不便は、 一方で世界共通プラットフォームの構築を促すが、一方では逆に家族に連絡 を取りたくなってその手段を考えている自分に気づく。
遊具にみられる能動的働きかけ
一見しただけでは使い方がわからないという不便は、少なくとも遊具には許 される不便益の一つであろう。様々な働き掛けを促し、できれば予想を越えた発見をさせ、 それが使用できたことで達成感や満足感を与え、それがさらに働き掛けを促すという正のフィードバックは、有用である。
スポーツ
完全に思い通りに使えるスポーツ用品があれば、そのスポーツは面白く なくなる。うまく使おうとすれば自分のスキルアップが不可欠な道具が 楽しさや能動的働きかけを引き起こすことを「益」と見なして良いのは、 スポーツに限られることであろうか?
マイクロスリップ
品揃えの便利 (一箇所で買いものが済む便利さ) は買い回る楽しさを喪失する。買い物は、目的の物を入手するという事務的 な作業ではなく、そこでのマイクロスリップが必要である。 マイクロスリップは 発達心理学における用語であり [多賀02]、人の学習や成長に不可欠である と言われる。その理由と同じく、買い物マイクロスリップは 思いがけぬ新たな発見を通して買い物を楽しい作業にする。
ホテルが一等地にあることを便利というときは移動時間とスキルの 低減を意味するが、これも町歩きの楽しみ、思いがけない物事と遭 遇する機会を喪失させている。