不便益システム研究所

不便益を考える!

日々の不便益

無駄でないムダ(スマーターワールド)

計測自動制御学会のスマーターワールド調査研究会(通称)で、スマートな社会について議論されています。スマートグリッドやスマートシティーなどスマートという言葉が溢れてますが、これと不便益との関係を考えてみました。
スマートという形容詞からイメージされるのは、無駄なく利口に小粋なやり口。職人がすしを握る所作とか、茶道のお点前とかが思い浮かびます(個人的には、帛紗を一瞬でスイーと畳むしぐさ)。所作がスマートじゃないなって思うのは、無駄な動きが含まれていたり、他に便利なやり方があるのにーと思うとき。
スマートかスマートじゃないかの境界線の近くに、別の境界線があると思いませんか?京都東山の帆布店の職人が「無駄は省かなあかんが、手間は省きとうない」と言う時の無駄と手間の境界。無駄なことをさせられる時も、手間がかかることも、両方とも「不便」と言ってしまいますが、実は別物。
「スマート」と「本当にムダ」との間に「無駄でないムダ」とでも言うべき領域があって、そこは、帆布職人が希求し、泥臭いという言葉が肯定的に使われ、手間をかけさせてくれて、人を育て、不便益が溢れている所だと思うのです。